こちらは信奉者向けの情報サイトです。金光教について知りたい方は「金光教公式サイト」へ金光教公式サイト
メインコンテンツをスキップしてナビゲーションに

幻の『金光教報』

教報巻頭言の締め切りが迫る中、そんな事情をご存じないであろう、ある方から言葉を頂きました。

「文章を書くのもね、自分の思っていることを、素直に出せばいいんですよ」と。

「たしかに、そうだ!」と頷いたものの、「『素直』って、結構、難しいんだよな」と思ってしまいました。というのも、その時、昭和20(1945)年の『金光教報』で、今号と同じ8月号のことを考えていたからです。

当時、印刷所は戦災に遭い、7月号から発行が遅れていました。8月号にも響き、ようやく印刷にかかろうとした時、終戦の詔書(14日)が出され、8月号はついに幻の教報になったのです。

それでも20部だけ印刷されました。その事情が、鉛筆書きでしたためられています。「本号ハ正式ニ発行セシモノニ非ズ。…巻頭言其他布教課関係記事及ビ公示欄ノ一部不適当ナルヲ以テ中止シ参考トシテ」試刷したのだと。

巻頭言で、「本土決戦、国民みな将兵となった今」だとされ、「わが家、わが町」と題した記事では、「結局は焼かれる。結局はやられる。罹り災さい者もそう言うし、聞き手もそうかと思う。なんたる弱気、逃げ腰の防空態勢! それでいいのか。それがいけない。とんだ間違いだ」と指摘しています。

これらは、心からの叫びであり、「本気」の言葉に違いありません。だからいっそう、考えさせられるのです。「その『本気』は、どこまで自分の心に『素直』だったのだろう?」と。

幻の教報にも、心からの「素直」があってほしい。それを見つけて、「素直」に喜びたい。そう思って、くまなく探すとありました、ありました!

それは「聞いた話」というコラム記事、内容は疎開家屋の解体奉仕の模様です。

解体する時に、声が上がったそうです。「日本の家は建てる時に地鎮祭を仕へ、拝んで建てたのであるから、壊すにも御礼を申して壊さうではないか」。するとみんな賛同し、黙とうして作業にかかった、とまあこんな話です。

「ああ、良かった」と思いました。幻の教報にも、ちゃんとあったのです。心からの「素直」を圧殺し、「至誠」からの戦争遂行を命じる最終局面で、それとは別に、人として良くあろうとする祈りが、記事としてひっそり表現されていたのです。

ところで、「素直に出せばいいんですよ」との言葉を受け、巻頭言の最後を、私の「素直」な思いで締めくくろうと思います。

「ひょっとして、この巻頭言、『不適当ナルヲ以テ中止』になったりしないよね?」

教学研究所長 大林 浩治

  • URLをコピーしました!
目次