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【巻頭言】勇気を持っておやりなさい

この言葉は、以前、私が東近畿教務センター所長の御用を頂いた時に、親教会である難波教会にお届けをし、当時教会長であられた近藤武野先生から頂いた言葉です。先生はいつも細やかな配慮をしてくださり、未熟な私は母親に甘えるような気持ちで、お取次を頂いていたように思います。このお言葉は、私にとって意外な言葉でした。予想していたのは「実意、丁寧、辛抱」といった信心の用語でしたが、「勇気」という一般的な言葉だったからです。驚くと同時に、所長の御用をしている間、常に、そして今も心に置いている言葉です。

後に、近藤藤守先生のお歌に「こころにはつよき勇気を守りつつ身はへり下れ道のまことは」とあることを知りました。もちろん武野先生はご存じで、この言葉をおっしゃったのだと思います。「道を広めていく中で選択を迫られる時、心に強い勇気を持って起こりくることに判断をしていかねばならない。同時に、人を導いていくには、へりくだって行動せねばならない。人に分け隔て差別をして偉そうにしたりこびたりしてはならない」という意味であろうと思います。教務上のお役を持つにはまさに、勇気を持って決断し、同時に偉そうにしてはならないという対の意味を含めておっしゃったのだと思います。

このお歌は、藤守先生が還暦を迎えられた大正4(1915)年の元日に、このお歌ともう1首を書かれて、弟子たちにお話をしておられます。もう1首は「身心を神にささけて無我となり事あるときは身をかへりみよ」です。その意味は藤守先生の言葉では「お互いに信心させて頂く限りは、事ある毎に自分を省み、我情我欲を離れて、我身心を神の賜たる元の清きものとなし、神人一致の境に進むようにつとめることが肝腎(かんじん)である」とあります。神様に全てをお任せするという心と、何か特別なことが起きてきた時には、神様のせいにするのではなくてわが身の行いの結果であるとして、自分自身を反省するという大切なことを歌っておられるのです。「勇気」と「へりくだり」がセットであると同時に、「神にまかせる」ことと「わが身を反省する」ということをセットにして、この2首が対になっているのです。

藤守先生自身がそうであったというのではなく、そうありたいと願っておられたのだと思います。信心する者、さらには道を人に説いて導いていく者は、こうあってほしいと言っておられるのでしょう。私もそうありたいと願う日々です。

教務総長 橋本美智雄

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