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【輔教へのメッセージ】祈りの後押しを頂いて

目次

輔教講師 吉川 真司 先生(徳島・三好)

日々、教会参拝に励み、御取次を願い、頂く信心生活を進めることは、神様の御み心に気付かせていただき、信心が豊かになることだと思います。さらに、天地金乃神様のすごさを知ることで、あらためて信心することの大切さ、ありがたさを実感できると思います。また、輔教は「進んで教会活動を担い、教団活動に参画する」とありますが、そういった積極的な取り組みの中で、神信心に広く触れ合うことも、信心が豊かになり、「神心となって人を祈 り、助け、導く」というお役に立つことができると思います。

さて、皆様の信心が豊かになるきっかけ、一助、参考になればと、教会建築をとおして気付かせていただいた、私自身の体験を紹介させていただきます。

私の在籍教会は、大正4年に竣工した、築100年を越える自慢の建物であり、市が作成した町散策のパンフレットに載ったりもしました。しかし、昨今懸念されている地震などの災害を考えると、建て替えは実現必須の大きな願いとなっていきました。ところが、教会の現状から人間心が先に立ち、「新築建て替えは無理だろう」と決め付けているところが大きくあり、具体的な取り組みは何もできないまま、時間だけが過ぎていくのが現状でした。

それでも祈り続けていると、ご時節は突然やってきました。平成28年5月の大雨により、これまでにない激しい雨漏りが起き、葺ふき土や土壁が流れ落ち、屋根や壁に穴が開くなど、致命的な損傷を受けたのです。それでも、いざ建て替えとなると重い腰が上がらず、屋根の葺き替えをすれば大丈夫だろうと考えていましたが、業者から経年劣化やシロアリ 被害による駆体状態の悪さを知り、新築は避けて通ることができないものになりました。

最初は、「実現は難しいと思っていた教会新築が現実のものになるのだ」と、喜びの心一色でした。何もかも初めてのことでしたが、信徒への周知、建築全般の工事計画、さらには経費の準備など、意気揚々と取り組んでいたのですが、思い描いていた動きと現実の取り運びとが、徐々にかみ合わなくなり、その結果、喜びの心より、本当にできるのだろうかという心配、不安の心が日増しに大きくなり、私一人で取り組んでいるような気持ちにもなっていきました。すると、周囲は現状を知らずに勝手な言動ばかりだと、イライラしたり落ち込んだり、「いっそのこと、新築をやめて屋根の葺き替えだけなら楽なのに」と思うようにもなっていました。

そんな日々が続いていた時です。不思議なことに、関係教会などでの祭典後の教話が1度ならず2度、3度と、建築に関わる内容が続き、また、建築を経験した先生方からも、喜びや苦労話を聞かせていただく機会が増えていきました。私自身、建築を進める中でご神意が分からず、迷いが生じた時期に集中して、そのようなお働きがあったのは、神様が人を介して、建築を進める後押しをしてくださったのだと思います。すると、「建築は私一人がしているのではない」と思え、気持ちが楽になり、心にゆとりが生まれてきました。

さらに、「建築は神様がなさるもの、人間心で不安、心配、取り越し苦労をして、建築の邪魔をしてはいけない」とも思え、今、私ができることは、「お役目を日々積極的に受けて、御用をすることである」と承服できました。その後も不安、心配で心が揺れ動くこともありましたが、神様が必ず良いように導いてくださると、前を向いて明るく進むことができました。実際、建築工事中の仮広前、仮住居も決まり、銀行からの借り入れもでき、次々にお繰り合わせを蒙らせていただきました。

平成30年6月、解体から1年半、ご時節を頂き、教会布教110年の前年に、竣工を迎えることができました。実はここにも神かん慮らいがありました。

それは平成21年、教会布教100年を迎えた際、10年後の布教110年祭は、ぜひ新築のお広前で迎えたいと思い、願いを書いたメモをご神前にお供えして祈り続け、それが実現したことです。すべてがこういう喜びにもつながっていたのかと思うと、本当にもったいなくありがたいことです。

このたびの建築を振り返ると、神様のすごさ、奇跡的なお繰り合わせを実感するとともに、竣工後、いくつかある課題は、信心に慢心、油断が出ないために、わざわざ神様が残してくださったおぼしめしであると感じています。

まだまだ人間心が出て、すべてを神様にお任せする信心にはなっていませんが、「祈りながら取り組めば、何事も神様が必ず良いように導いてくださる」ということを実感として積み上げ、そのことが周りにも伝わるような生き方を進めたいと思っています。

日々、信心生活を進める中で、昨日に至る過去を信心で振り返ることで、さらなる深まりを持った気付きや改まりが生まれ、今日の祈り(お礼、お詫び、お願い)を生み出すと思います。そして、神のおぼしめしに沿って生きるということは、「神人の道」を求め、現すことになり、その生活に終わりはなく、代を超えてつながっていくものであると思い ます。

教主金光様から「ご任命」という祈りの後押しを受ける、教師・輔教は、いつでも、どこでも、誰にでも寄り添い、祈り続けることができると思います。どうぞ家族や周りの人に喜んでもらえる信心生活を進め、天地金乃神様、金光様へのお礼として道を伝えさせていただきましょう。

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