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【輔教任命】ご神願成就の担い手として

平成26年12月14日におこなわれた布教功労者報徳祭並びに金光キクヨ姫五十年祭のご祭事のなかで、新任・再任を合わせて423人が輔教に任命された。
ご祭事のなかで行われた輔教任命では、堤由貴氏(福岡・不知火)が代表として、辞令と記念品を受け、所願表明を行った。

祭典終了後、祭場庭上で辞令交付式が行われた。

目次

所願表明

ただ今、教主金光様より、私たち423名の者が輔教任命の辞令を頂きました。教祖様ご生誕二百年のお年に、輔教としてお取り立ていただきましたことは、大変意義深く、ありがたく、心より御礼申し上げます。

このお道の信心は、喜びと感動にあふれています。これからも神様に心を向け、神様の生きたお働き、神様の願いを実感し、お礼と喜びの心、和賀心をもって、感動のある信心生活を進めてまいりたいと思います。そして、輔教として、人を祈り、願い、助け導くことで、少しでも神様へのお礼ができますよう、迷わず精進してまいりたいと思います。

どうぞ、教主金光様のお取次のもと、ご神願成就のお役に立たせていただきますよう、心よりお願い申し上げます。

任命輔教代表 堤 由貴

教会部長挨拶

本日の祭典でまつられたご霊神様方は、それぞれの時代社会にあって、神様の願いと教祖様のおぼしめしを受け、「神と人とあいよかけよで立ち行く」道のご用にその生涯を捧げられた方々です。その式典のなかで、皆さんは教主金光様から輔教のご任命を頂かれました。それは、この道による助かりの実現に力を尽くされたご霊神様方の布教精神を、共に頂いていくということを意味するのではないかと思います。

所願表明に、「輔教として、人を祈り、願い、助け導くことで、少しでも神様へのお礼ができますよう、迷わず精進してまいりたいと思います」とありました。そのためには、「神人あいよかけよの生活運動」の「願い」の実践が大切だと思います。

「人を祈り、願い」ということには取り組みやすく、「人を助け、導くという実践行動は難しい。私はそうしたことが苦手だ」と思う方もいらっしゃるでしょう。しかし、御取次を願い頂き、人を祈り願うことに取り組むなかで、神様がそのことにお力添えくださり、「助け、導く」ということも、「しなければならない」でなく、「せずにはおれなくなる」のだと思います。また、神様のおかげにお礼を申して、喜びの生活を進めるなかで、その喜びの輪が周囲に広がり、神様がおのずと人が助かるご用にお使いくださると思うのです。

教祖様は唐樋常造師に、「理屈があっても、みなまで言うな。理屈とくさびとは八合詰め。詰める紙袋は裂ける。あいよかけよで世は治まるのである」と教えをされています。このみ教えを頂かれた唐樋師は、それが心底まで染み込まれたようです。

唐樋師の奥様は、師の言によれば、「ヤンチャな女性」であられたようで、そのうえに酒好き、「私が連れ添うてやらねば、ほかに連れ添うてくれる者がない」といった方であったようです。そうした奥様に、自分は正しいといった理屈をもって接すれば、腹が立つことも起きてくる。ついそのようなことになってしまいがちですが、唐樋師は教祖様のみ教えを実践され、「あいよかけよ」のあり方を求め続けられました。そうするうちに、「連れ添うておればこそ妻であるが、別れてみれば、人の大切な娘であり、神のかわいい氏子である。その氏子に、手をあてることはできぬと思えば、腹を立てるどころではない。少しずつでも、手伝ってくれるのが、ありがたいように思うておりました」というような信心へと展開されていったのです。

そうしたなかで、後に世間の人が、唐樋師夫妻の乗る船をその仲のよさから「夫婦丸(ととかかまる)」と呼んだといわれます。さらに、その夫婦の間柄に触れて感化を受け、助かる人たちが生まれていったということです。

教祖様のみ教えを頂き、神様のみ思いに気づかれ、奥様を「神のかわいい氏子」と見られるなかで、お礼が生まれ、喜びが生まれてきた。そうしたなかで、おのずと周囲の人に伝わっていくようなあり方が生まれ、そこにまた助かりが生まれてきた。まさに「神人の道」が生まれていったのです。

このように、この道でみ教えを実践させていただくということに本気で取り組めば、神様がお働きくださり、「おのずと伝わっていく」ということがあるのです。この道を伝えたいとの熱い思いもまた、そうした日々の信心の稽古、み教えの実践をとおして、深く、強くなるのだと思います。その意味からも、ここから輔教としてみ教えの実践にいっそう取り組んでいただきたいものです。

輔教のご用は、それぞれ持ち場立場の違いから一様ではないでしょうが、輔教としての使命と誇りをもって教会活動を担い、道を人に伝え、一人でも多くの人が助かるお役に立っていただきたい。そして、神様の願いが成就していくために、われわれ教師と共に、ここから喜び勇んでご用に立っていただきたいと存じます。

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