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隔てなく祈る

金光教の信心をさせていただくと、この神様に向かう心がそのまま生き方になってきます。ご神前に向かっていない時であっても、お礼を言う心、人のことを祈る心や一心に願う心など、その心が生活の中にあり、実意を込め丁寧に生きるということができてくるように思うのです。自分のこと、家族のことはもちろん、関わり合う人たち、地域や国のことまでお願いしていると、いつもそのことを思い、心にかける生活になり、おのずと大切に思えてきます。

去る7月末に発生した熊本地震では、甚大な被害に見舞われました。亡くなられた方々の御霊(みたま)の道立てと被災された人々の立ち行きをお祈り申し上げ、速やかな復旧・復興が願われます。この願いや祈りも自らのこととして、継続していくことが大切です。

天地のお働きには隔てがありません。人はさまざまなところに境目を作り、隔てを設けてしまいますが、教祖様のご信心に触れていくと、天地と自分の間の境目も、神様と私の隔たりも感じられなくなり、この身は神様の御もの、この時間は神様のお時間、全ては神様のお働きの中であると思えてくるのです。あらゆることが天地の中にあり、関わり合い、尊び合っていると思えてきます。

教主金光様の日々のお姿を拝して、私は常にそのお心を頂こうとしています。お結界では、まさに私のことを御自らのこととしてお聞きくださり、取り次ぎ、「金光様ありがとうございます」とわがこととしてお礼まで申してくださいます。金光様の「自分」の中に、私が入っている、包まれているような感覚になります。そうしたお取次を頂いての生活は、金光様を心に頂き、私として「自分」の中にそのお心を現そうと稽古を重ねている日々です。そこに隔てのない生き方を求めていくことが取次を頂くことであると思っています。

金光様は、「どうすれば世界中のみんなが笑顔になれるか、考えてみてください」と仰せになりました。金光様のこの隔てのない祈りに満ちたお心を受け、信心の稽古を重ねて、ともどもに考え求めてまいりたいと願っています。

「自分」というものが、個人の枠を超え、全ての人の助かりを祈る心へと導かれると、「自分さえよければいい」という考えさえも、天地全体のことを隔てなく祈ることと同じこととなり、わが心に真の平和を祈る世界が生まれてくるでしょう。

教祖様は、生きても死にても天と地とはわが住みかと教えられました。自分自身も、御霊様も、天地の中身であり、共にあるという安心を得ることができます。御霊様も、被災地をはじめ、隔てなく全ての人の立ち行きを願ってくださっています。今月は秋季霊祭をお迎えし、共に天地にあって祈り合える関わりを感じてまいりたいと思います

金光教学院長 大代信治

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