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「その日」をお迎えして

金光大神賛仰詞に「かねて仕えたまいてありし金光大神祭日のその日神上がりましぬ」とある。

そして、今年もやがて「その日」をお迎えする。

教祖様は、旧暦の9月9日10日を「金光大神祭り」とし、また、毎月の9日10日を縁日(月の祭り日)として、特別に慎み改まる日とされていた。明治2(1869)年からは、神様のお知らせを受けて「先祖の祭り」も9月9日10日に仕えられている。

伍賀慶春の伝えによると、明治9(1876)年の秋ごろ、「金光様は、『旧暦と新暦とがあるが、先で両方が九日十日と連れ合っていく時がある。その時には神上がりする』と小さな声で仰せられた」とのことである。「先で両方が九日十日と連れ合っていく時」が、まさに「その日」であるわけだが、この事柄一つとっても、時間や空間、あるいは、人間の知恵や分別を超えた、神様と教祖様の深い間柄を感じずにはいられない。

やがて、明治16(1883)年旧正月、金光様が声をひそめて、「月も雲に隠れることがあろう。隠れても月は雲の上にある。此方とて生身であるから、やがては身を隠す時が来る。形がなくなっても、どこへ行くのでもない。金光大神は永世生き通しである。形のあるなしに心を迷わさず、真一心の信心を立てぬけ」と仰せられたと福嶋儀兵衛は伝えている。

そして、明治16年旧暦9月9日(新暦10月10日)に「その日」を迎え、教祖様は現身での御用を終えられ、永世生き通しの取次の神としてお立ちくださり、今日に至っている。「月も雲に隠れる」という例えからすると、教祖様ご在世中からも、神上がられた「その日」以降も、まさに永世生き通しの神として、光り輝き続けてくださっているということであろう。

雲に隠れてもなお輝き続ける月。目には見えないがその恩恵を感じ、同時に、その光の下で私たちの信心が形作られていることに思いを巡らす。「その日」とは私たちの信心の原点を振り返る日なのかもしれない。

実意丁寧神信心を貫かれ、神様のお恵み、ご恩を忘れないよう諭された教祖様。ご先祖様を祭り、御自ら「金光大神祭り」をお仕えになり、御取次のお働きに感謝をなさる。そのご信心は、つながりつながって今に現され、私たちのいのちの中に脈々と流れている。教祖様のご縁につながる私たちは、お礼と感謝の真心をもって、ともどもに「その日」をお迎えさせていただきたい。

財務部長 橋本信一

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