7月3日、「神様と私」とのテーマで開催され、オンライン会議サービスを利用して、20人(教区外から10人)が参加した。
集会前半は、講師の今西寿彦師(岐阜・南大垣)から「神先我後)(かみさきわれあと」との講題で、次のような内容の講話があった。
「『神人あいよかけよの生活運動』の『願い』の1行目にある『御取次を願い頂き』の空白部分を、私は、神様と出会い、神様のおかげを感じることだと頂いている。また、3行目の『お礼と喜びの生活をすすめ』の『喜び』とは、自分の喜びにとどまらず、神様のお喜びと受け取ることが大切である。そう受け止めるのは、南大垣教会で大切にしてきた『神先我後』という信心による。
初代(祖父)が布教当初、さまざまな問題に直面し、思い悩んでいた時に、『何事も神様が見守っておられ、先の先まで分かっておられることだ』と、神様のみ思いに気付かせられる出来事があった。そこから、神様の側から物事を捉え、自分は神様から見捨てられたのではないと思い直すことができた。
その神様のお心を知るということが『神先』である。このことを教会として大切にし、信条を打ち立てることによって、今も次々とおかげを蒙ることができている。
輔教の方々は、それぞれが願いを立てられたその時から、金光様が皆さん一人ひとりにかけてくださっている願いがある。それを今一度、頂き直していくことが大切だ。お結界で『神様、金光様の願いにかなう御用をさせていただけますように』と御取次を願っていくこと。そして、お結界でのお言葉を、神様のお言葉として素直に頂いて、精いっぱい取り組めば、人が助かる御用に神様が使ってくださると思う」
講話後は班別に分かれ、講話をとおして感銘を受けたところなどを話し合い、内容の理解を深めた。また、ここまでそれぞれが、輔教としての御用をとおして感じた神様のお働きなどの体験談を語り合い、あらためてお互いに、どれほどの神様の願いがかけられているかを再確認した。
このたびの集会は、オンラインを利用したことで、普段あまり話す機会のない、他教区の輔教と懇談ができ、参加者は大きな刺激を受けていた。その一方で、「膝を突き合わせて話す時には、すぐに打ち解けて信心の話ができるが、なかなか踏み込んだ話になりにくかった」という声も聞かれ、オンライン開催の課題も感じた集会となった。