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令和2年度輔教志願者講習会-神様と仲よくなる信心を

本年度の輔教志願者講習会を8月22、23日、やつなみホールで開催した。

輔教制度は平成4年に発足し、477教会、1千416人(8月末日現在)が輔教として御用に当たっている。今年は、23教会40人が受講し、各講義、先輩輔教の実践発表をとおして輔教に求められる事柄を学んだ。班別懇談では参加者同士、これまでの取り組みやここからの願いについて語り合った。

また、今年は新型コロナウイルス感染拡大防止のため、希望者には、特例として当日の講話を収録したDVDの視聴で受講に代えた。なお、修了者は所定の手続きを経て、来る12月の布教功労者報徳祭時に教主金光様からご任命を受ける。

目次

教主金光様おことば(開会お届け時)

皆様、それぞれに願いを立てて、輔教志願者講習会によくお集まりになりました。

お互いにここまで信心を進めさせていただき、ご用にお使いいただいておりますことをありがたく思いますとともに、そのお礼の心を土台に、ここからいっそうに、「人が人を助けるのが人間である」との教祖様のおぼしめしを頂いて、わが道の信心を現し、伝えて、世界の平和と人類の助かりのお役に立たせていただきたいと存じます。

どうぞよろしくお願いいたします。

教務総長挨拶

輔教は、教祖様の時代の自由な布教精神を頂き直すことを願って発足された。その自由な布教精神を生み出す土台となった教祖様のご信心とはどんなものであっただろうか。この問いは、「私にとってのご信心とは」という問い掛けでもある。お参りをすること、御用をすること、神様をお祀すること、お取次を頂くことなど、何をもって信心すると言えるのだろうか。

また、教祖様も「ご信心とは」ということで、「わが心が神に向かうこと」「信心は親に孝行するも同じこと」など、いろいろなみ教えを残しておられる。そうした中で、私は、「氏子が神様と仲よくするのが信心である」とのみ教えを大切にしている。

教祖様は「此方がおかげの受けはじめである。みんなもそのとおりにおかげが受けられるぞ」ともおっしゃっている。私は、この「おかげの受けはじめ」ということを、「神様と仲よくなる」ということだと捉えている。なぜなら教祖様というお方は、一番はじめに天地金乃神様と仲よくなったお方であり、誰よりも天地金乃神様と仲よくなったお方だからだ。

そして、教祖様は「ああ、天地金乃神様こそが、私たちと仲よくなりたかったんだ」と気付かれる。そのみ思いを受け、「みんなもそのとおりにおかげが受けられるぞ」とのお言葉どおり、誰もが神様と仲よくなれるように、ご命によってお取次を始められた。つまり、お取次とは、私たち一人ひとりが神様と仲よくなれるようにするお働きであり、私たちと仲よくなろうとされている天地金乃神様と出会えるようにするお働きなのである。

そのお取次で「こうしたら神様と仲よくなれる」とか、「こんなことをしたら神様に叱られる、嫌われる」と教祖様がお話くださり、いろいろな形で私たちに届けられたものが「み教え」である。さらに教祖様は、どうやって神様と仲よくなったのか、その神様とのやり取りや出来事も「金光大神御覚書」や「お知らせ事覚帳」というご手記やお帳面で書き残されている。教祖様が神様とグッと仲よくなっていくきっかけは、弟・繁右衛門さんをとおしての「神の頼みはじめ」であった。

繁右衛門さんをとおして現れた神様からのお頼みを、教祖様が仰せどおりに受けられたことで、教祖様には神様からのみ祈りとみ働きをしっかりと受け止める構えができた。その構えに向けて、神様は次々とお働き掛けくださるようになった。いわゆる「お試し」である。そのお試しを「仰せどおり」に受ける教祖様の様子をご覧になりながら、神様が教祖様にお頼みになられたのが「立教神伝」である。

この「立教神伝」というお頼みを、教祖様は「仰せどおりに家業やめて、お広前相勤め仕り」と受けられた。教祖様が神様と仲よくなっていかれたのは、教祖様が神様の仰せどおりにされてきたからだ、ということが分かる。

そして「神様の仰せどおり」にするということは、自分の物差しを置いて、神様の物差しに合わせていくことでもある。物差しとは、何かを選び、決断して、行動する時の自分のよりどころであり、自分の知識や経験、価値観、世間の常識、好き嫌い、あるいは損得などの目盛りが刻まれている。

教祖様も42歳の大患をとおして神様に出会うまで「信心」はしていたが、それは日柄方角を見るという信心で、言い換えれば自分の都合を通すための信心であり、自分の物差しを振りかざしての信心であった。その信心をすればするほど、次々と家族を亡くすという難儀に遭い、そしてとうとう自分が大患になり、そこでようやく教祖様は神様と出会うことになる。

そして、自分の思っていた「信心」と、神様が「こういう信心をしておかげを受けてほしい」と願ってくださっている「信心」が違うということに気付かれる。教祖様が罹ったのどけという重病は、教祖様の物差しでは難儀そのものであった。しかし、神様の物差しは違っていた。熱病ではとても助からないので、のどけにまつり代えた、ということを教祖様は神様から知らされる。つまり、神様の物差しでは、のどけはおかげであり、神様が助けてくれた結果であった。このことで、教祖様は自分の物差しと神様の物差しの違いを思い知らされた。

こうしたことから、教祖様は自分の物差しを置いて、神様の物差しに合わせる生き方を進めていかれた。それはそのまま「仰せどおり」のご信心へとつながっていったのである。そうすれば、教祖様のように神様と仲よくなれるのだ。

こうした教祖様の「仰せどおり」の在り方を受け継いでおられるのが歴代金光様である。ご本部広前でのお取次の始まりは「立教神伝」であった。この神様からのお頼みを、教祖様と同じように「仰せどおり」に受けられ、「お広前相勤め仕」られておられるのが歴代金光様だ。

皆さんは、金光様より輔教にお取り立ていただくことになる。そこには、金光様や神様からの「仰せどおりに仕る」信心を進めてくれよ、という願いが込められている。そうすることで、教祖様がそうであったように、必ず神様と仲よくなっていける。輔教には任期があり、4年ごとに再任手続きを進めなければならないが、これは4年ごとに自分の「仰せどおりに仕る」姿勢がどうなっているのかを確認する機会を頂いているということであり、さらにその4年間で神様とどれだけ仲よくなったのかを確かめる機会を頂いているということだ。そこがはっきりとしてくると、神様がなぜ私を輔教にお取り立てくださったのか、その訳がはっきりとしてくる。

私は教務総長就任について、教務総長として御用が成就するということはどういうことなのか、何をもって成就と言うのかを考え、たどり着いたのは、神様が私を教務総長にお引き立てくださった、そのみ思いが、「ああ、そういうことだったのか」と私の中に深く入ってきた時が、私の御用が成就した時だと思えた。

それと同じく、4年後に「ああ、神様が私を輔教にお取り立てくださったのはそういうことだったのか」と、神様のみ思いに触れた時が、皆さんの御用成就の時であり、皆さんが神様と仲よくなった時だと思う。

ここから皆さんが輔教として、どのようなことを神様から頼まれるようになり、それをどのように仰せどおりに仕ることになり、そして、そのことで神様とどう仲よくなっていくのかを、まずは最初の4年を楽しみにして、輔教としてのご信心を進めていただきたいと思う。

講義・発表内容

講義1「金光教の信心について」

講師 岩本 威知朗(大阪・金岡)
ここから輔教として御用を担うに当たり、天地金乃神様の神性、教祖様の生きられ方を学び、金光教の信心の大切な点を押さえ直し、信奉者としての信心の在り方を求めた。

講義2「教団の仕組みと働きについて」

講師 髙村 志郎(北海道・亀田)
現在、形をなしている教団や教会の成り立ち、仕組み、働きを確認し、御取次を頂きながら信心を求め現していく担い手、教団の構成員としての自覚を深めた。

講義3「輔教の役割について」

講師 岩﨑 弥生(静岡・静岡)
輔教に願われていること、人に道を伝える中身を確認し、一層培っていくために、今後輔教として取り組むべき内容について学んだ。

実践発表

発表者 伊藤 道教(愛媛・松山東)
先輩輔教から輔教としての御用や、お道の信心の楽しさ、御用を担うありがたさを聞いた。

班別懇談

参加者それぞれが、これまでの信心の歩みや志願理由を語り、講義を手掛かりに、今後、輔教としての御用の在り方等について話し合い、決意を新たにした。

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