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【輔教集会報告】南九州教区

輔教の使命と役割を求めることで、「この道の信心を伝える」働きが生まれてくることを願い、8月26日に大分会場、9月2日には熊本会場で輔教集会を開催した。両会場とも「わが信心の歩み」をテーマに2人の輔教が発表した後、全体会を行った。

全体会では、質疑応答の後、「信心の継承」「信奉者の高齢化や減少」などについて意見交換を行い、「自分の参拝や御用の姿を子や孫に見せていきたい」「願いを立てたら、その手立てをお取次頂くことが大切である」といった感想があり、さらに、自分の思いを的確にまとめる取り組みとして、各人が1分間スピーチを行い、それぞれの信心上の課題や取り組み、集会に参加しての感想を述べ合った。

目次

熊本会場

熊本市民会館シアーズホーム夢ホールを会場に19人が参加した。

原口菜穂子氏(熊本・山鹿)は、「山鹿教会初代教会長の息子である父は、とても簡潔な言葉と行動で、『俺たちの目はごまかせても、神様は見抜き見とおしだからな』『どこかに行って帰ってきたら、教会にお届けに行くように』など、神様の話をたびたびしてくれた。

輔教になった母を見て、私も輔教になったが、神様に心が向くきっかけとなったのは、認知症になった父の介護や父との関係、それと、私が仕事で行き詰まった時にお取次を頂いたことだった。父は認知症で私たちのことは忘れても、神様だけは決して忘れない姿を教えてくれた。また、仕事で行き詰まって泣きながらお結界でお届けした際、教会の先生は泣きながら聞いてくださり、『仕事が終わったらお参りをして、神様にすべてを預かってもらいなさい。そして、朝お参りして神様に預かってもらったことを引き取って仕事に行ってごらん』とご理解くださった。迷った時にお届けをすると『そうか』と気付かせられ、ご理解を頂くことでお取次の大切さを実感した」と語った。

谷口孝雄氏(熊本・伊倉)は、両親のおかげの実際や父親が教会の後継者となったことを述べた後、「子どもの頃は教会に生まれたことが嫌で嫌で仕方なかった。しかし、少年少女会や高校生の集い、熊本学生会などの活動をとおして、同世代の人たちと語り合い、教会では祭典前の洒掃や調饌などのお手伝いをするようになった。

3歳の時、教会の近くの川へ転落したが、土手の草にしがみつき、たまたま鍬を洗いに来た近所のおばさんに助けられ、九死一生のおかげを頂いたことがあった。考えてみると、教会に生を受けたことがおかげの受け始めであり、神様のお守りの中での自分であったと気付いた。今後は、全ての出来事を受けきり受けとおす生き方、神様は何も無駄事はなさらないとの思いで、全てよいように受けていく稽古をさせていただきたい」と語った。

大分会場

富士見教会を会場に33人が参加した。

羽野貴久子氏(大分・日田)は、「教外から嫁ぎ、義父母の顔色をうかがいながらの生活だった。自分中心の考え方である義父をとおして金光教を見て、つまらない宗教だと思っていた。しかし、義父の入院・手術をきっかけに教会参拝を始め、教会長より『どんな時でも、どんな事でも、神様対自分だよ』という言葉を頂いた時、それまで頭の中を占めていた義父の顔がスーッと消え、そこから私の信心がスタートした。

教会参拝を始めてから、婦人会などの教会活動、勉強会などに参加している。『お礼の御用になりますよ』との先生の言葉を受けて輔教になり、月例祭などの祭員として御用をさせていただいている。お取次の大切さ、神様のありがたさ、神様の懐の中で生かされている事を日々感じる中で、『おかげを頂きどおしではいけない。おかげ泥棒ではいけない』という先生の話を聞き、家族で神様へのお礼の御用に取り組んでいる。金光教に出会えたことが私の宝である」と語った。

河野正輝氏(大分・上野ケ丘)は、「平成18年、那覇教会の40年記念大祭に参拝した際、大分教会の総代の方々とお話をする中、輔教について真剣に考えるようになった。

高校2年の頃、うつ病やノイローゼで苦しむ中、上野ケ丘教会の総代の方が教会にお導きしてくれ、参拝するようになった。その後、数々のおかげを頂いたが、神様が私を取り巻く人々をとおして働いてくださり、先々の立ち行きをくださったように思う。

信心は『恩』を忘れないことであり、教会の先生は『ご本部にはお礼参拝をして帳面を消しに行くのだ』と教えてくださった。輔教にならせていただき、これまで頂いてきたおかげの数々を見直した時、より深くおかげを実感したので、輔教の素晴らしさを多くの方に話していきたい」と語った。

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