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【輔教へのメッセージ】家庭の広前を大切に

目次

輔教講師 岩本 威知朗 師(大阪・金岡)

子孫の幸せを願って

昨今、おじいちゃん、おばあちゃんはお孫さんの事で大変忙しい方が多いようです。孫の発育・成長を願うことは、信心していても、していなくても共通のテーマです。信奉者にとってはもちろん、「何とか元気に育ってほしい」「難儀な事に出遭えば、助かってほしい」「お道の信心が伝わってほしい」と、神様にお祈りせずにはいられないでしょう。

Tさんは、母親譲りの信心を進めておられます。Tさんのお母さんは、苦労の中にあっても、神様を信頼し、何事にも神様第一の信心生活を送っていました。そして、「このありがたい金光様の信心を、子孫に継承していくこと」を第一の願いとしていました。その願いの中で、6人姉妹の末っ子だったTさんの、すぐ上のお姉さんが婿養子をもらった際に、金光教への改式をするおかげを蒙こうむられました。

六女であるTさんも、金光教式で結婚を挙げ、3人の子宝に恵まれ、マイホームを構えました。さらに、教外者であった夫にも信心が伝わり、夫婦で信心を進めるようになられましたが、お子さんたちが小中学生になった頃、不登校や人間関係など、さまざまな問題、難儀が現われてきました。わが家に神様お出まし

お取次を頂かれる中で、教会長先生から、「自宅の神様をお祀まつりしたお社やしろはどうしているのですか?」と尋ねられました。Tさんはハッと、「引っ越して来た時のまま、ダンボールに詰めたままにしています」と、大変なご無礼があったことに気付き、お社を床の間にお祀りしました。

そして、教会長先生に宅祭をお仕えしていただき、毎月、家庭集会を開くようになりました。数年後には半年ごとの宅祭となりましたが、お子さんたちの周囲もだんだん落ち着き、家庭は和やかに明るくなっていきました。

お子さんたちは次々と結婚のおかげを頂かれ、今日では9人のお孫さんと2人のひ孫さんにも恵まれています。「親の信心の徳は孫まで」と教えられているので、「孫まで何とか信心の徳を遺したい」との願いをもって、信心生活に励まれています。お孫さんたちが小さい時には、一人ひとりご本部大祭に手を引いてお参りをしていました。

子供たちの手が離れたころ、Tさんは輔教の任命を頂かれ、お引き立てのままに、教会諸活動の上にも広くお役に立たれています。

「親心」と「神心」

今はお孫さんたちが次々と成長しておられますが、何かと心配事は尽きません。お子さんやお孫さんが自宅に来て、あるいは電話で、悩み事を相談されることが多々あります。Tさんは、忙しい日々であっても、「放っておけない。何とか助かってもらいたい。立ち行いてもらいたい。神様のおかげを頂いてもらいたい」との一心でおられます。「孫たちの心を育てさせていただこう」と祈り、決して、何が悪い、誰が悪いとダメ出しをせず、一生懸命祈りながら聞いてあげるようにしています。そしてTさんは、教会に参ってお取次を願われるのです。

お孫さんたちは、「おばあちゃんに話すと安心できる」「おばあちゃんの家に行って神様に拝んでくる」と言われます。息子さんのお嫁さんが、子供が受験で志望校を決めるのに悩んでいた時も、最終的に決まると、真っ先にTさんに連絡をくれたり、大変信頼を得ておられます。

今ではお孫さんも結婚して、ひ孫を頂かれ、教会に初参りができました。そのお嫁さんがTさん宅におられた時、「ご神前にご神飯のお供えをしてくれました」と目を細めて大変喜んでおられました。 まさに、教師でなくても「家庭お広前の先生の役割」を果たしているのです。願い合い、頼み合いして、立ち行く道を祈りとおしておられます。

教祖様は、「広前は信心のけいこをする所であるから、よくけいこをして帰れ」「わが身、わが一家を練習帳にして、神のおかげを受けて人を助けよ」と教えておられます。

Tさんは教会へ参り、お取次を頂き、生活の場で実践していくことを大切に教えられています。おかげを受けるのも落とすのも家庭からと心得て、時節を待ちつつ、手間暇かけてでも、お母さんの第一の願いであった、「このありがたい金光様の信心を子孫に継承していくこと」に取り組んでおられます。

「未来からの預かり物」

ネイティブアメリカン(アメリカ先住民族・インディアン)に伝わる「自然は祖先からの贈り物ではなく、子孫からの預かり物である」ということわざがあります。多くの人々は「自然は祖先からの贈り物」と考えます。祖先が大切に守ってきてくれた自然を、現在の私たちが受け継いでいるという考えです。一方、ネイティブアメリカンは逆に、「自然は子孫からの預かり物」と考えます。

これをお道の信心で考えてみるとどうでしょうか。過去を見た場合、「先師をはじめ親・先祖のご苦労で現在のご信心がある。自分たちはそれを受け継いでいる」となるでしょう。逆に未来を見た場合、「自分たちは、未来の子孫から現在のご信心を預かっている」ということです。だから、お徳を食いつぶしてしまうようなことになってはもったいない。次代の人たちに、このお道の信心とお徳をどう受け継ぎ、育て、遺させていただけるかが、問われていると思います。

教団の「運動」で願われている「御取次を願い 頂き 神心となって 人を祈り 助け 導く」ということが、実際の信心生活の現場で、例えば「家庭の広前を大切に」というご用をとおして、共々にお役に立たせていただきたいと願っています。

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