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【輔教集会報告】東北教区

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10月4日

東北教区では、輔教として教会活動に参画し、何ができるかを求めるため、「輔教の役割と教団の動向」をテーマに、仙台市民会館で輔教集会を開催し、8人が参加した。

講師の藤原務正師(東京・赤羽)は、「神さまと二人三脚の心で」と題して、輔教制度ができる過程や、輔教に関わる規定などを説明しながら、次のように語った。

「できるからするのではなく、できなくても何事も神様に祈ってさせていただく。それが信心であり、ご用である。生神金光大神取次は、お結界だけではなく、いつでも、どこでも、どんなことでも、『頂かせてください』と願えば、頂くことができる。これは、『神人あいよかけよの生活運動』の『願い』にある『御取次を願い 頂き』につながる。

このたびの『運動』は、神前拝詞をそのまま表したような運動であり、『神人の道』とは『氏子ありての神、神ありての氏子、あいよかけよ立ち行く道』である。『いつも神さまと二人三脚の心で、日常生活を進めさせていただく』という表現であれば、未信奉者にも分かりやすい。み教えに『この方の道は神人と書く』とあるが、教祖様の信心を『神人(しんじん)』と書けば、教祖様の信心がはっきりする。いつも神様と人がくっついての日常生活であるから、『二人三脚』なのである。

信心は、その人の顔付きや振る舞いの基になる心があって伝わっていく。教祖様から頂いた信心を絶えず現しているから、人に伝わっていく。信心していることを誇りに思い、自然な振る舞いとして話していくことが大切だ。

『天地の間におかげを知った者がいない。しだいに世界中、日の照らす下、万国まで残りなく金光大神でき、おかげを知らせてやる』というみ教えは、神様のご悲願であり、人間に対して神様が心を込めて頼んでおられる。二人三脚は、自分の思いだけでは転ぶ。神様の心を思いながら、一緒に進んでいくことが必要だ。輔教として、神様にご用に使っていただくとの祈りが前提であり、祈りを外したら、『神人の道』ではない。『願い』にある『神心となって 人を祈り 助け 導き』が、『運動』の中心であり、どのような信心をさせていただくか、神様に使っていただくご用とは何かを常に心に置いて、輔教の任に当たってほしい」

その後、懇談を行い、それぞれが参加しての感想文を作成した。

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